2011
Jul 27
(Web)

茅ケ崎の海辺の知人から


 先日、もうかれこれ40年ほど付き合いのある70歳半ばの漁師さんから相談があった。
 「この歳になって怖いもんはもう何にもないんだけどね、津波で家が流されてしまっては、息子らが困る」
 海辺の漁師屋が自宅。
 茅ケ崎海岸の砂浜にある。波打ち際から150メートルぐらいのところ。海抜ゼロメートル。
 「引っ越そうと思ってんの。でも、ここは売るに売れない。ほかに買ってくれる人はいないだべさ」
 震災以後、海岸沿いの人たちが北へ北へと移動していることは、この頃、聞いていた。
 「そんでね、西ノ宮さん、」
 漁師さんから二の句がするりと出た。
 「お宅の空いている土地と、取り替えてくれないだべか」
 呼び出しがあった時から予測はしていた。的を得ていた。思わず、うなずこうとした。
 先代から引き継いだ自宅は立派にあるが、初めての思いだった。自分の好みの家を建てて住んでみたいと。潮と波と風だけの環境。庭はいらない。目の前が海だから。こんな場所で朝目覚めたら。地引網を手伝って、頑張った分だけ魚をもらい、冷蔵庫にしまう。仕事から戻ると自ら調理し、そうだ、日没までには戻ろう。サカナを作り、夕陽を眺めながらビールを飲もう。波音を聞きながら風呂に入ろう。夜、好きな音楽を聴き、好きな本を読み、好きな人にメールを書き。9時には寝てしまおう。明日の朝はまた地引網があるから。
 しかし、浮かんだ家内の顔が、こう言っていた。古今東西、どこのかみさんもこれが最後のおどし文句。
 「なにをばかなことを考えているの。離婚してからにしてちょうだい」
  答えを待つ漁師さんに、時間稼ぎの返事をした。
 「年内まで、年内いっぱいまでに、この12月までにもう一度お目にかかりましょう」
 「いいさ、大地震は年内にはこないだべさ」
 8月9月10月11月12月。この5ヶ月間で真っ向勝負にでるか、それとも東京スカイツリー級の建築商談を成立させ、「でかした亭主。なんでも好きにして」と言わしめるか、ふたつにひとつ。これからの力量が試される。

  

2011.7.27 Kiyoshi Nishinomiya