2019
Jul 26
(Fri)

「地元の友達/高木哲也(たかぎてつや)」


私、ヘビメタのギタリストになりたくて去年の秋から「ヤマハ音楽教室茅ヶ崎校エレキギター科」に通っている。
これがどうやら最終学歴になりそうだ。
そうした折、練習曲「T.レックス/Get it on」から「ボン・ジョヴィ/Runaway」にようやく移行したあたりから高校の同級生「高木哲也」がヤマハ音楽教室のギター講師をしていると聞いた。
ヤマハのHPを見れば、紹介文、出ていた。「高木哲也/ギター担当。スタジオギタリストとしてアーティストらの編曲も行う」
顔も出ていた。高校時代の面影はあるが、やはり「センセイ」っぽい。
先日、レッスンに行った時、私の担当講師に問えば、
「いますよ。大変評判のいい先生で、講師同士の見学会では全国から新幹線に乗って、飛行機に乗って、若手のヤマハ講師が集まるほどです」
へぇー。
高木哲也は高校時代ブラスバンド部でチューバかなんかの管楽器だったような記憶。そして卓球部の奥田博子さんに恋していたような記憶。
今度、ヤマハ講師に紛れて高木哲也の教室に出かけてみよう。
「チューバも奥田博子さんも、ものにできなかったじゃん」
そういう野次を飛ばすつもりだ。
40数年前の過去を聞き、レッスン中、我が耳を疑いながらヤマハの大講師がうろたえる姿。
こいつは面白いに決まっている。

2019.7.26 Kiyoshi Nishinomiya

2019
Jul 24
(Web)

スカウトされた。


この頃スカウトされた。

この7月7日に行われた「茅ヶ崎市民水泳大会」
NAS茅ケ崎スポーツクラブのスイミングチームの結果は、4×50mメドレーリレー・シニアの部で、女子は優勝、男子は2位という結果。
ならばと男子はメンバーを補強して来年は優勝を目指すことになったそうではあるが。
さて、私、自由気ままに泳いでいたところ、強化選手にスカウトされたのです。

で。
この1週間、もっと注目を浴びようと余計なトレーニングしていたら、おっ?左肩に痛みがでるじゃありませんか。
会社から歩3分のところにある「十間坂接骨院」に行ってみたらば驚いた。スポーツ選手並みの「肩腱板損傷」という診断なのです。
「スカウト」「強化選手」「肩腱板損傷」
ほとんど一流アスリートを気取れる言葉が飛び交い。
毎週 日曜日は恒例の「強化練習」だが、今度の日曜日。泳がず競泳パンツの上に有名スイミングブランド「SPEEDO」のTシャツ。袖下から「インドメタシン」貼り薬をちらつかせ。
で。
腕組みして足先に水しぶきを浴びながらプールサイドに立つ。
この姿。
なのでなので、「肩腱板損傷」のアピールの仕方次第で、こいつはきっとサマになるに違いありませんよ。

2019.7.24 Kiyoshi Nishinomiya

2019
Jul 22
(Mon)

「地元の友達/野口大視(のぐちひろみ)」


48年ぶりにまんまと初恋の人に再会出来た野口大視(のぐちひろみ)だが、ヤツの半生を聞けば聞くほど波瀾万丈。
家業の建築会社を継いだまでは良かったが、出刃庖丁を懐に借金の取り立てに行ったり、結婚するにあたり同じ女性に3度もプロポーズしたり、誕生した二人の娘を英語の英才教育、二人とも中学の時に全国英語弁論大会で最優秀賞を取らせ、ひとりは外務省勤務で現在ドイツ日本大使館駐任、ひとりはあのヒューストンNASAで宇宙飛行士の訓練中で、そう、やはり茅ヶ崎出身のかつての宇宙飛行士の野口聡一さんの娘であると当然NASAでは思い込まれいるそうな。
どうして、そんなに子供を立派に育てることができたんだ?と聞けば、
「身代わり不動さ。娘たちの厄は全部、俺が背負った。いい作品だよ」
ときた。
第4期咽頭癌もそういう訳だったか。
娘たちは見事、地球の裏側に羽ばたいてしまったんだが、そうした野口に、これからの夢はなんだね、と尋ねたら、
「そうだな、フィリピンあたりでお粥(かゆ)屋をやってみようかな」
だと。

大きく構えて額に汗してコツコツやる。
小学生6年の時プロボクサーに憧れ片道2キロの通学路をランドセルにコンクリートブロックを入れて走って帰っていたし、中学生になると、もう諦めていてもよさそうだったがまだノートの裏表紙には毎日の腹筋回数を書いていたし。
今も野口はちっとも変わっちゃいなかった。

2019.7.22 Kiyoshi Nishinomiya

2019
Jul 19
(Fri)

「逢わせ屋本舗」



6月7日頃始まった梅雨がまだ明けない。
その翌日6月8日土曜の夜、茅ヶ崎市立西浜小中の同級生、三橋真一(みつはししんいち)と誘い合わせてやはり同級生の野口大視(のぐちひろみ)を連れ出した。
私は20年ぶり。三橋真一こと真坊は40年ぶり。話は弾むと予測はしていたが、私、真坊、野口の男3人肩を叩き合って目をしばたたかせるだけでは、面白くないわけで。
三橋薫(みつはしかおる)を呼ぶことにした。
私は薫とは小中ばかりか高校まで一緒で男女というよりむしろ兄弟姉妹のような感覚の仲なんだけど、野口にしてみるとれっきとした初恋の人。
中央林間から薫がやって来て「逢わせ屋本舗」は見事に成功したが、その暁には野口の全カツラを彼女の前で力づくでも剥ごうと企んでいた私と真坊。
できませんでした。
聞けば10年ほど前に「第4期咽頭癌」から生還したという野口。その野口が薫がトイレに立った隙に、
「カツラは抗がん剤の後遺症なんだ。薫ちゃんにはバラさないでくれ」
すっかり老眼が進んだ薫には気づかれないことをいい事に、酔ってるとはいえ、そう涙目で訴えるじゃありませんか。
ったくもう。この梅雨空に相応しくうっとうしい言い訳だ。
しかし。
この歳になって初恋の人に再会できるなんて、ふん、なんと幸せなヤツだ。私だってボケる前に会っておきたい。

「逢わせ屋本舗」
それが今年の梅雨入りして間もなくの出来事だった。

2019.7.19 Kiyoshi Nishinomiya

2019
Jul 04
(Thu)

地元の友達



「62歳8ヶ月」
昨日訪れた茅ヶ崎市立病院の診察結果表には私の年齢がそう記されていた。
慢性化していた鼻詰まりを解消するために「鼻中隔湾曲症」の手術を受けたのが先月5月23日。一か月後の最終経過観察に出かけたところが、「62歳8ヶ月」。
この歳になって地元茅ヶ崎の旧知の仲の友達を「親友」と呼ぶにはちょっと恥ずかしいが、私にもそういう奴がいて、そいつは辻堂に客席20人ほどの「魚料理屋」を開いる。

「鼻中隔湾曲症」による半年間の鼻詰まりは不眠症を誘い、ヤバい、体はガソリンが底をついたエンジンのようにいつ止まるともわからず。頭は、ヤバい、もう認知が入っているかのよう。人間こうなると嗅覚も味覚も鈍くなる。
その手術前はこんな状況だった。

そんな折、奴の店に行った。
「そうか、ヤバいか。じゃあ、これ、試してみろ」

そう言って、奴は、無理やりカウンター越しの私の鼻に効かせたワサビを近づけた。頭の芯がツーンときた。涙がでた。
奴の白くもない歯がこぼれた。
「まだ大丈夫だ。本当にヤバいお客さんは、これが効かない」
30年もカウンター越しに老若男女、各種の酔いの回った人々を見ていると、それがわかるという。
「次に」
と、奴が出したのがふたつの白身の刺身。
「ひとつはお馴染みのハマチ。これはコリコリとしている。もうひとつは今日仕入れたカマスの切り身。カマスは身がふわふわとしているからめったに刺身なんかにしない。すぐに口の中で崩れる。この違いは通常の人間にはわかる」
口に入れてみた。奴の解説に首をかしげた。両方ともコリコリとしたハマチの食感だった。結果を告げると奴の顔が曇った。
「むー。そうか、違いがわからんか。舌が麻痺しているな。やっぱ手術は必要のようだ。さっさと受けた方がいい」

茅ケ崎市立西浜小学校では5年生6年生が一緒だったが、話した記憶はまったくなく。
茅ケ崎市立西浜中学校では学年一番のかわいい͡娘を奪い合ったが、負けた。
神奈川県立茅ケ崎北稜高校では3年生の時同じクラス。校内陸上競技大会で400m×4/1600mリレー。こけた私は一番びりを走りバトンをアンカーの奴に渡したら奴は驚異の5人抜き。周りの女の子がキャーキャー言っていた、まだ覚えている。

なにかにつけていけ好かない相手だったが、そうした「遺恨」もやがて風化が進み。ふん。けっこういかした奴じゃねぇか。

明日はわが社の納涼会。奴の店で行うことになってるいるのだが、「鼻中隔湾曲症」手術後の再開。こっちの鼻息きは物理的に荒くなったわけで。社員の前では目一杯奴をこけ降ろそうと思う。

「辻堂 漁や」で検索。
なかなか美味しい魚料理。
「ニシノミヤのHPを見ましたあー」と言っていただければ、すこしは愛想のいい笑顔が返ってくるはず。あらかじめ要予約。

2019.7.04 Kiyoshi Nishinomiya