2011
Dec 22
(Thu)

横山さん、竣工間近のメイシーズ・ハウス


 横山さん、竣工間近。
 アメリカ本土を中心に430店余りで構成されるMacy’s(メイシーズ) 百貨店。その創始者ローランド・メイシーが1723年にマサチューセッツ州ナンタットに建てた家は、端正な左右対称形のブルーグレーのニューイングランド様式。
 ローランド・メイシーはここを足がかりにアメリカン・サクセス・ストーリーを夢見ていく。
 現存するこの家、メイシーズ・ハウスの写真を見て、これぞ我が家とひざをたたいた横山夫妻。
 住宅エコポイント制度を導入できるか否やと一時は慌てたが、よかったです、もうまもなく竣工です。
 どこから見ても、メイシーズ・ハウス丸出し。さてさて、横山夫妻はここでどんな夢を描くんだろうか。 

2011.12.22 Kiyoshi Nishinomiya

2011
Dec 21
(Web)

YUMAの弾き屋・外壁、着々と


 神奈川県葉山町に建築中、YUMAの弾き屋の外壁工事が着々と進んでいる。
 マリスト・ユースト・ブリック・プライムというレンガタイルを一枚ずつ貼っている。
 この後に目地が詰められ、そしてそして、ぼっさい感たっぷりのルーパーシャッターが窓回りに取り付けられる。
 「ぼっさい」とは、施主のYUMAさんが頻繁に使う言葉。「ぼろい」「風化した」「年月を経た」などといった感覚用語。
 新築の家でありながら100年風雨にさらされたような表情も兼ね備える家。
 設計した細井ちゃんにそのことを伝えると、「100年とはちょっと経ちすぎじゃありませんか。せいぜい60年くらいの風合いがぼっさいところじゃないですか」
 なかなか言うことが細かい。
 「そうだね、そうだね。だったら72年ぐらいに調整しようじゃないか、ねえ」と答えると、細井ちゃんは、んー、そいつはちょっと難しいと黙りこくってしまった。

2011.12.21 Kiyoshi Nishinomiya

2011
Dec 17
(Sat)

ドゥーパ!ヴィレッジ


 「小田原市早川にあるみかん畑の管理が困難になりました。有効利用してくだされば寄贈します」    茅ケ崎在住の方がそう申し出ていた。1200坪の農地。いまどきたまげたお話。
 その話にドゥーパ!編集長・関根氏が名乗りを上げた。
 「ピザ窯を作って、ガーデンハウスを作って、ツリーハウスを作って、ドゥーパ!ヴィレッジを作るぞ!」
 はて、そんなもん、調整区域の農地に作っちゃっていいんですかい。行政の確認が必要じゃありませんかい。
 昨日、私と関根氏、企画書を携え小田原市役所にお伺いにいった。農政課、農業委員会を回わる。
 フィフティフィフティ。50%ずつ。
 担当の藤原さんは「原則は難しいですが、特例もあります」
 私は行政の常套文句を聞き、こりゃあきらめたらと言いかけたが、関根氏は顔を紅潮させ、「藤原さんは頑張ってくれますよ、目がキラキラしていましたから。松村さんだって沖縄品種のコーヒーを植えるって」と、わが世界に没頭120%。
 後日、藤原さんが調査・検証をして電話をくれることになったが、さて、どちらだろう?
 年内には答えを出すという。  

2011.12.17 Kiyoshi Nishinomiya

2011
Dec 16
(Fri)

ニシノミヤ・ストリートMAP


  遅ればせながらHP上でニシノミヤ・ストリートのMAPをご披露する予定。
 弊社のHPをデザインしているクロスポイントの石井氏から、その素案が送られてきた。
 その素案に、私、どこかサンフランシスコの街角っぽい演出を加えた。
 クロスポイントの石井氏。30歳台前半。いつもにこやかな笑顔を絶やさず、会話もおじょうずなんだけれどもまだ、独身。 いかがしたことか。
 そのわけを聞けば、「チャンスがなく」「めぐり合えず」「出会いがなく」「縁がなく」の言い訳ばかりで、一度も「モテない」と言ったことがない。
 来週には打合せ、またお目にかかる予定です。 

2011.12.16 Kiyoshi Nishinomiya

2011
Dec 12
(Mon)

記念写真、松村映三さんから


 学研のDIY雑誌「ドゥーパ!」12月号の表紙の撮影が茅ケ崎南湖モデルハウスで行われたのが10月上旬。カメラマンは松村映三さん。松村さんといえば、高倉健の姿をずーっと撮り続けている人。その松村さんが武田修宏さんと私たちの記念写真も撮ってくれていた。
 その写真、昨日送られてきた。
 松村映三さんは昭和28年生まれ、58歳。義母が病にあったり、高倉健さんのロケで門司港へ出かけたり、送ろう送ろうと思っていた写真が遅れてしまい申し訳ありません、と添えられていた手紙に書かれていた。
 義母の看護と大スターの撮影も両方こなす、たいした方だ。
 それもそのはず、どういういきさつが始まりだったかは聞き損じているが、10年余り前、あの村上春樹とふたりでメキシコの村やモンゴル辺境に出かけている。松村さんが写真、村上春樹がエッセイを担当し共著で本を出している。
 私もかく人生を送ることをたまに夢見る。
 

2011.12.12 Kiyoshi Nishinomiya