2014
May 08
(Thu)

調整区域に家は建てられるのか?


調整区域に家は建てられるのか?
平成16年ごろまでは病院や社会福祉などの建物は許可になった、と記憶しているが、一般住宅においてはそれ以前からずーっと無理だった、一部の事情を除いては。
このたび相談に来られた方は、その一部の事情に値するかどうか、と頭をひねるケース。
午後から、本人と私と細井ちゃんで資料をたくさんもって市役所に打ち合わせに行くことになっている。
うまく建てられるといいねえ。相談に来られた方、そこに家を新築されたらさぞかし楽しい日々を送ることができるだろうに。よくある話なんだけれど、なんとかならんもんだろうかねえ。

2014.5.08 Kiyoshi Nishinomiya

2014
Apr 19
(Sat)

端正なジョージアン・スタイル


正面から見ると中央にある玄関扉。そこを中心に左右対称に振り分けられた窓の配置。鏡を立ててもアンバランスなスケールはどこにもなく。
19世紀中頃アメリカ東部で発達した建築様式がジョージアンと呼ばれるもの。K様邸はこの様式を意識したプランに決まった。
Kさんは某有名なアパレル業界人。かなりデザインには敏感なんだけれども、トラッド中のトラッドの家を求められた。
しかし、限られた敷地面積の中にジョージアンの家。これが一番設計者泣かせ。

2014.4.19 Kiyoshi Nishinomiya

2014
Apr 12
(Sat)

発掘の出土品


ニシノミヤストリート・鶴嶺はただいま埋蔵物文化財の発掘調査が軌道に乗った。
するととたんに素人目に見ても、へえーっ、と思われるようなものが出土した。無傷の壺。いつの時代の何に使われたものなのかはわからない。そばまった壺の口の形状からすると、液体を保存していたものか。素朴なその造りは、考えられていた奈良・平安時代のものというよりも弥生時代までにさかのぼったようなもの、そんな想像もさせられる。果たしてどれくらいの集落が出現するんだろうか。
古代ロマンに思いをはせたらきりがなくなった。

2014.4.12 Kiyoshi Nishinomiya

2014
Apr 09
(Web)

埋蔵文化財の発掘調査


ニシノミヤ・ストリート鶴嶺の埋蔵文化財の発掘調査が昨日から始まった。古くは弥生時代の集落の跡、新しくは1707年宝永年間の富士山の火山爆発による火山灰の後処理場などの遺跡が埋蔵されているらしい。
このたびの調査にあたっている茅ヶ崎市の教育委員会・社会教育課の話では3ヶ月ほどで全容がわかるらしい。6月末には現地でお披露目会の計画もあり。
今日からパソコンはXPからセブンへ。新機能に自らの歳がついていくにはちょっと時間がかかりそうだ。

2014.4.09 Kiyoshi Nishinomiya

2014
Apr 08
(The)

F様邸の床組工事


 一見すると、能の舞台のように見える。猿楽や狂言が演じられそうに思える。
 ツーバイフォーの躯体工事は床を合板で太鼓のように貼るところから始まる。そこに間もなく1階の壁が立ちあがって、ああ、住宅が建ちここにどこからか家族が移り住むんだ、と想像しやすくなるが、それまではただ広々とした床。能の舞台か柔道・剣道の道場のように見える。
 仕切り壁には生活の気配。ようやく備わるかもしれない。

2014.4.08 Kiyoshi Nishinomiya