
もう35年以上も前のこと。
私が一浪して大学受験を終えると「赤い鳥」は「ハイファイセット」になっていた。
「竹田の子守唄」「翼をください」などの曲は「卒業写真」や「冷たい雨」に代わっていても、女性ボーカルのあのアコースティックな柔らかい声はそのままだった。
小田和正が稀代の美声の持ち主と呼んだ女性ボーカルは、山本潤子の名と知ったのは、ずーと後のこと。ハイファイセット解散後だった。
入学当初、私たちはアイビーを気取る事を原則としていた。ケネディカットのヘアースタイル。ボタンダウンのシャツ。靴はコインローファーじゃなくっちゃいけない。
朝、池袋駅ですれ違ったアイビーのとびっきりかわいい女の子は、見れば洋子ちゃん。同じ高校のひとつ下の後輩だった。
そりゃ、あっちは「あっ!」っていうし、私は「おっ!」っていいましたよ。偶然じゃなく当然の神様のお引き合わせだよね、こういうの。
へえー、現役で立教に入ったんだ、文学部なの。僕は江古田の芸術学部。高校じゃ先輩後輩だったけど、あははっ、同級生だね、これからは。
その一ヵ月前。私は雄司とバスケ部の後輩から「卒業写真」を借りてきて見ていた。
ひとつ下の女子は粒ぞろいだねえ、おまえ、3人選ぶとしたらどの子?
そのベスト3に洋子ちゃんは入っていた。
朝の池袋駅での立ち話は、弾んだ。
「何のサークルに入るの?スキー部に入るの? えっ!偶然だね、僕もさ、昨日スキー部に入部の申し込みしたんだ」
事実よりペアリフトに座る二人の想像が先に優った。
学校に着くとすぐにスキー部の部室に行き、入部の手続きをとった。
家に帰るとあらためて「卒業写真」を見た。やはり見えない糸で結ばれていたわけじゃないか、ねぇ。
一週間後、バスケ部の後輩から電話があった。
「そろそろ、卒業写真、返してください」
あっ、わりぃ、わりぃ。もう返さなきゃいけないと思っていたところだ。
「そうですか。それと、洋子ちゃんのことなんスけど・・・」
なぁんだ、もうおまえ、おれたちのこと知ってんのか。早いねぇ。
「アーチェリー部に入ったそうです。立教は池袋の東口で、江古田は西口だから、うまくすれば4年間会わずに済むって、真理子が聞いたそうです」
その後、十年たってもスキーをする時は、ハイファイセットの「卒業写真」が頭の中を流れていた。
2013.2.05 Kiyoshi Nishinomiya





