2013
May 17
(Fri)

今日、「シカゴ」を聴いた。


 今日、「シカゴ」を聴いた。
 初めて聴いたのは中学2年生、たぶんラジオの深夜放送だった。「長い夜」「クエスチョン67・68」。 もう40年以上も前のこと。
 このたびの「シカゴ」は、「Hard to say Im sorry」。 1ヶ月ほど前、偶然、ラジオから耳にした。
 1か月前。私、そうとう切なく。このたびの「シカゴ」の曲もそうとう切なく。
 いつか、しっかり聴いてみようと。
 今日、しっかり聴いてみた。
 イントロのところから、すでにやられた。
 あんまり切なかったので、ながちゃんに感想のメールをした。かくかくしかじか、いまどきシカゴに泣かされるとは思わなんだよ。ぜひ聴いてごらんなさいな。
 あれから6時間がたつが、ながちゃんから返事はまだない。

2013.5.17 Kiyoshi Nishinomiya

2013
Apr 25
(Thu)

とうもろこし畑


 母親と一緒に過ごした最初の記憶はいつのことだたんだろうと、この頃思う。
 夏の終わり、背中におぶさって自宅近くのとうもろこし畑に行ったことが最も古い。なのに、セピア色ではなく総天然色。採ったとうもろこしのふわふわとしたヒゲや、いたずらにつぶした黄色い汁まで覚えている。
 母親は花柄のワンピースで、私は麦わら帽子をかぶせられていた。ブヨが出るからと足早に帰って行ったことも覚えている。
 まだ2歳になる前のことのはずなのに、母親の髪型まで覚えている。
 今や私は56歳。母親は83歳。50数年前のことだ。

2013.4.25 Kiyoshi Nishinomiya

2013
Apr 19
(Fri)

昭和の黒電話


 私はオフィスで昭和の黒電話を使っている。いや、もとい。使いたいと思っている。
 以前、実家で使っていたダイヤル式の黒電話を私のデスクの横に陳列はしているが、実際には使っていない。NTTの人が来るたびに、なんとかビジネス電話回線の内線に組み込んでもらおうと頼んでいるが、首を縦には振ってくれない。
 こうもケイタイが普及すると電話の会話に重みを乗せられなくなってしまった。
 30年以上も前のこと。私はドキドキワクワクしながらこの黒電話から何人の女性と魅力的な会話を楽しんできたことか。
 持ち上げて裏を返して見れば、「お買い上げ年月日 昭和51年12月18日 日本電電公社」とある。やはり大学に入学した年だ。
 このたびは私、この電話でハードボイルドな私立探偵を気取ろうともくろんでいる。

2013.4.19 Kiyoshi Nishinomiya

2013
Apr 09
(The)

1932年のフォード・ピックアップ


 1932年のフォード・ピックアップのレストア計画してみた。
 同年のフォード・クーペは「アメリカングラフィティ」でもおなじみ。黄色いホットロッドとして登場して以来、今でも大人気。フルレストア車は1000万もする。
 一方で、ピックアップ。つまりトラック。こちらはあまり人気はない。無骨感たっぷりで荷台には当時、藁(わら)か家畜を載せていたに違いなく、私はその活躍ぶりの跡が好きだ。
 調べてみると、サビてはいるけれど、ボディは2000ドルぐらいで買える。
 夢は一気に膨らんだ。
 日本へ運こび、エンジンを載せ、フロントサスペンションは独立のウィッシュボーンに変更し、ミッション、リヤアスクル、配線引き直し、ブレーキはディスクがいいなあ。
 ホイールは当然ワイヤーだし、ボディーを修復したら、ハーシ―ズのチョコレートをモチーフにしよう。ボディは茶色にオールペン、屋根は銀色だね。
 電卓で足算をするとボディの10倍の金額になった。
 夢は一気にしぼんだ。
 来世はレストア屋をして楽しもう。

2013.4.09 Kiyoshi Nishinomiya

2013
Apr 05
(Fri)

ラブラドールとすずめ


  3年前の夏、14年間飼っていた犬が死んだ。黒色のラブラドール、オス。
 「遺影」が私の家にある。
 家内が道端で巣から落ちたすずめのヒナを拾ってきて餌を与えたら、元気になった。とたんになついたのは命の恩人より、先住のラブラドールに、だった。
 ラブラドール。もともとは狩猟犬。飛んで火にいる虫とばかりに、本能的に食いつくんじゃないかと心配したが、そうではなかった。
 オスのくせに自分の体温で温めようとしたり、前足に乗るすずめを暖かい眼差しで見守ったり。
 ラブラドールは私たちを癒したが、この時はラブラドールがすずめに癒されていると思えた。

2013.4.05 Kiyoshi Nishinomiya