2013
Sep 24
(The)

夕暮れの帰宅


  バンドエイド、ポケットティッシュ、薬(片頭痛の)、水、タオル、携帯電話、いくばくかのお金。これらを詰めたバックパックを背負っていた。
 江の島の灯台に照らされた波の先端さえ踏まなければ、足は濡れなかった。
 後ろを振り向くたびに一番星が輝きを増す。
 50メートル離れて平行に敷かれたサイクリングロード、整地されていて足の裏に砂がまとわりつくストレスのない道、そこへ駆けあがってしまおうとする誘惑。見て見ぬふりをした。
  海岸線を走って帰る計画をたててから2ヶ月余り。4キロの早朝ランニングをこなしてきたが、砂浜の15キロはさすがに骨だった。
 先週の土曜日、午後5時に茅ケ崎を出て藤沢の片瀬の自宅に着いたのが7時35分。
途中バンドエイドを3枚貼った2時間35分。思惑通り、ただの帰宅は立派なアドベンチャーになった。

2013.9.24 Kiyoshi Nishinomiya

2013
Sep 09
(Mon)

東京オリンピック音頭


 1964年の東京オリンピックの時、私は小学校2年生だった。
 戦後の意味も高度成長時代の幕開けも知らず、ただ白黒テレビを見ていた。開会式の模様は、その後に見た植木等の「日本一のホラ吹き男」の映像と重なり、以来、どこか底抜けに陽気なイメージとして記憶に残ったままで、必ず三波春夫の「東京オリンピック音頭」が頭を駆け巡る。
 「オリンピックのカオとカオ、ソレとトンととトンとカオとカオぉぉ」
 さて、このたびの国民的歌手による2020年東京オリンピック音頭。
 私はやはりサザンに歌ってもらいたい。
 桑田くんは私の三軒隣りでひとつ歳上。1964年当時はおんなじレベルだったのにいつの間にか差がついてしまった。
 大学の頃、私もTBSテレビでドキュメンタリー番組のナレーション原稿を書くアルバイトをしていて、放送作家デビュー目前だった。その時の桑田くんのヒット曲が「いとしのエリー」
 これにはかなわなかった。親からも「おなじ町内会から二人と有名人は出ないから」と言われ、思わずケンジツな道を選んでしまった。
 三波春夫の「東京オリンピック音頭」の作曲は古賀政男。哀愁とか悲しみとか涙とか、そういう心像を得意としていた古賀政男がハレの作曲。
 三波春夫と古賀政男のハレの唄を上回るオリンピック音頭。悔しいが、こいつぁ、桑田くんをおいて他にはいない。

2013.9.09 Kiyoshi Nishinomiya

2013
Aug 23
(Fri)

今日は処暑


 暦の上では今日は処暑。暑さの峠も越えてしのぎやすくなるという日。次の暦の節目は白露なんだという。届いたLLビーンのカタログもすっかり秋の装い。
 LLビーンのカタログをこのところ見ていなかった。あちらから送られてこなかった。いつが最後だったんだろうと振り返れば、去年のクリスマス号だったんじゃないかなあ。
 確かに、夏物のLLビーンは私、もっておらず。
 LLビーン。私の箪笥の中では秋冬の季語である。

2013.8.23 Kiyoshi Nishinomiya

2013
Jul 26
(Fri)

疑問だったが、


 常々疑問だったが、ようやくわかった。
 Appleのロゴマーク。リンゴのヘタの部分とかじった跡が同じ形なんじゃないかと、数年前からひっかかっていた。
 もし、同じ形・面積だとしたら、このロゴマークのデザイナーは、そのシンプルな仕掛けに緻密な計算を込めているんじゃないかと思っていた、アップル製品のごとく。
 ヘタの部分をコピーして、かじった跡に重ね合わせてみた。
 はまらなかった。
 一目でわかっていたはずなのに、ばかなことをしてしまった。 

2013.7.26 Kiyoshi Nishinomiya

2013
May 18
(Sat)

ながちゃんからメールが返ってきた。


 一ヵ月前に聴いた「シカゴ」の「Hard to say Im sorry」。ながちゃん、こいつぁ切ない曲ですよ、聴いてごらんなさいな。
 と、ながちゃんにメールしてから、一昼夜明けた今日の朝に返事が来た。

 ごめんゴメン。親孝行のまっ最中でした。ただ単に食事をしながら母親の話をダラダラと聞いているだけの時間ですが。
 日本語の題名が、「素直になれなくて」。名曲です。

 そうでしたか、親孝行の真っ最中でしたか。私、それがもうできなくなりました。シカゴの名曲が心にしみます。

2013.5.18 Kiyoshi Nishinomiya