2018
Dec 26
(Web)

まいったなー



昨夜は北陵高校時代の有志による「同窓会」に参加。44年ぶりです、再会の顔ぶれは。
土橋さん、西さん、宮野さん、小黒さん、村越さん。「どちらさまでした?」みんな60歳過ぎの婆さん。
後藤君、「おー、チャリンコ乗りの名手」
青柳君、「あのハンサムボーイ、よくぞここまで老けてハゲて」
森谷君、「えー、ただのおじさんじゃねぇか」
小比賀君、「えー、まだ独身だぁ?」
そして会場の「漁や」の亭主、飯田雄司。こいつは、いつも会っているからコメントなし。
とにかく44年の歳月に、オレ、まいったなー。

2018.12.26 Kiyoshi Nishinomiya

2018
Dec 26
(Web)

今年も恒例の「クリスマス・イブ」



今年のクリスマス・イブも40年来の仲、宮崎夫婦と過ごした。もう5年前からだろうか。宮崎家と親交のある「郷ひろみ」のディナショーを家族と堪能。ステージで一緒に「言えないよ」を口ずさみ、「2億4千万の瞳」を踊ったというのはあながちおおげさなエピソードではない。

2018.12.26 Kiyoshi Nishinomiya

2018
Nov 19
(Mon)

第39回八王子クラシックカー・パレード


昨日の11月18日、日曜日。矢畑の石坂さんと連れだって第39回八王子クラシックカー・パレードに参加した。このクラシックカー・パレードは石坂さんが私に案内してくれたのは10年前のこと。10回参加しているがいつからか、1965年シェルビー・コブラで埼玉県入間市からやって来る人と知り合いになった。昨日もやって来た。
「やあ、また、あんたが前を走るのかい」
そう気さくに声をかけてくれたが、仙人然とした風体でいつも近寄りがたい。77歳になる私にしてみれば最年長の友人、石坂さんの手前、お年寄りには仲良くしておこうと、スマホでシェルビーコブラ交えて記念写真。仙人老子に見せると、子供の様に笑ってこう言った。
「この車、次はあんたが乗る番だね」
つまり、譲ってくれると言う。
シェルビーコブラには2種類のシェルビーコブラがある。本物と偽物。本物はわずか340台余りしか造られてはおらず、取引価格数千万円。偽物は800万円くらい。
黙ってボンネットを開けてみれば、驚いた。本物の証である「COBRA」マークの7000ccのエンジン。あんぐりと口を開けた私に向かって仙人老子、また言葉をかけてきたが、何を言っているのか、訳わからない。
「あんた、クラッチが重いんだ、踏めるかい、踏めたら35万だ」
シートに収まって踏むと、重い。重いが日頃の100回スクワットが功を奏して床まで一気に踏めた。
「はい、踏めました」
「じゃあ35万だ」
何が35万かって。この車両価格?
30万でも50万でもなく半端な金額だが。迷いに迷って、つまらないことを言ってしまった。
「相続人の方たちの同意が得られ、その暁には35万で」
「そうか。では、相談してからにしよう」
ポケットを、今日のポケットは全部でいくつ。探して探して、あったあった。取り出した名刺。そこに大文字で私の携帯電話の番号を書いて渡したけれど、なんだかヌカ喜びのような気がする。

 

 

 

2018.11.19 Kiyoshi Nishinomiya

2018
Aug 22
(Web)

三度、石坂さんと。


三度、石坂さんと八王子クラシック・パレードに出かけることになった。参加車両は1934年式フォード・ピックアップ。11月18日・日曜日。石坂さんも待ち遠しいらしい。
11月18日。そういうば、この日は西浜中学の同級生だった大久保充孝の誕生日だ。テレビ・ディレクター。中でもドキュメンタリー作りには長けていた。珠玉の一作に「ウズベキスタンから」を思い出す。
大久保充孝。10年前に他界していた。50歳そこそこ。癌と闘っていたとは、先日の同窓会で初めて知った。
私、61歳。石坂さん、77歳。まだ三度。10度も20度も続けたいと思う。

2018.8.22 Kiyoshi Nishinomiya

2017
Apr 26
(Web)

矢畑ハウスは2棟4所帯


矢畑ハウス、弊社所有の賃貸物件は2棟4所帯。ただいま足場を設置した。もうすでに構想は一年前からあったのだが、いやいやなかなかどうして、自社のものとなると後へあとへと竣工はずれていく。それでも9月の完成を目指す。

2017.4.26 Kiyoshi Nishinomiya