2012
Mar 07
(Web)

もぐらの穴


 加藤大さんの新築工事が始まった。まず、地盤補強を行う。
 敷地内、鋼管でできた杭を25本打ち込んだ。一本の鋼管杭、直径114.3㎜、長さ3.5m。総延長87.5mによる地盤補強。補強の終わった終わった敷地には25個所の穴ができた。
 まるでもぐらの穴。間隔といい、土めくれの具合といい、よく似ている。家を支える支柱が埋まっているとは見えない。もぐらが土を掘りに掘って地中ではさぞかし空洞の通路ができているんじゃないかと錯覚さえする。
 今度、加藤ご夫妻にあったらけっしてそうではないことを念押ししておこう。 

2012.3.07 Kiyoshi Nishinomiya

2012
Mar 06
(The)

「YUMAの弾き屋」と「ありがとうを百万回」


 葉山町の「YUMAの弾き屋」が竣工した。先日3月4日・日曜日に引き渡しと相成った。家族の皆さんこぞって来られ、一晩泊っていった。本格的なここでの生活はもうちょっと先。桜の咲く頃から。
 家の完成とほぼ同時期。YUMAさんのノンフィクション作品「ありがとうを百万回」も刊行された。執筆を2年半をかけての作品。300頁に渡っている。
 このたびの作品をYUMAさん、ペンネームを使わず本名で出版している。ノンフィクション、ドキュメンタリーのジャンルというよりはむしろ自分の身の上の出来事だったから、と話していた。
 知る由もなかったYUMAさんの過去がわかってきた。
葉山町の家はこれからはじまる新しい生活の場所。 著書「ありがとうを百万回」は以前の生活の記録。このふたつを見比べることができる私たちは不思議な気持ちになる。
 一冊いただいたまでは良かったが、残念なことにサインがなかった。今度会ったらちょうだいしようと思う。 

2012.3.06 Kiyoshi Nishinomiya

2012
Mar 04
(Sun)

レイ・チャールズとウィリー・ネルソン


2004年6月10日。盲目というハンディを背負いながらも「ソウルの神様」と呼ばれたレイ・チャールズが肝臓がんで他界した。ウィリー・ネルソンとの交流はつとに有名。中でもレイ・チャールズの葬儀で、ウィリーが声を詰まらせながら「我が心のジョージア」を歌ったのは印象的なエピソード。
なぜ、ウィリーは歌ったのか。

死期を悟ったレイがウィリーを病室に呼んだ。
「灯りをつけてくれないか」
いつものレイらしいジョークから始まった。
「タイムマシンがあったら、どう使うね?」 レイがウィリーに尋ねた。
「そうだなあ、1万年後の世界でも見に行くか」
「おれは1946年に戻るよ。ブレーブスとホワイトソックスの最終戦だ」
「もう一度観るかい?」
「違うね。あの晩、ジョージア州中の人間はターナー・フィールド・スタジアムに集まった。16歳のおれも行っちまった。戻れるんだったら、おれは片っ端から強盗に入る。一晩で一生分の金が盗めた」
「なあ、レイ。悪いが、その目じゃ車の運転は無理だろう」
「あんたを運転手に雇うんだ。オン・ザ・ロード・アゲインを歌ってやる。そいつがギャラがわりだ。あんたよりずっとうまい」
オン・ザ・ロード・アゲインはウィリーのヒット曲。「またいつかどこかの道で」という歌だ。
「そいつは光栄だね、おつりを返さなきゃいけない」
「つりはとっといてくれ。そのかわり、」
「なんだね?」
「そのかわり、おれの葬式では、あんた、おれの歌を歌って聞かしちゃくれんか」

それがレイの遺言だった。

2012.3.04 Kiyoshi Nishinomiya

2012
Mar 03
(Sat)

太田誠さんのウッドデッキ


 太田誠さんの家のウッドデッキが形になってきた。
 ステップ階段を備え、駐車スペースを整えればほぼ終了。去年の12月に引っ越してきてからようやく完成した。太田誠・桃子ご夫妻も大変にご満悦の様子。ウッドデッキにはふたつおそろいのデッキチェアがお似合い。
 3月上旬にかけるCDはハワイアンかカントリーか。私だったら、ウィリー・ネルソンで心をなごませたいところだ。

2012.3.03 Kiyoshi Nishinomiya

2012
Mar 02
(Fri)

森の間伐


 「私の交換条件は、森の間伐のボランティア」と、今村邦雄さんは茅ケ崎駅ラスカ「かっ飛び」で2合の徳利の3本目を空けた。
 68歳。この6月にKT Store Managementの取締役を退くはずだったが、もうちょっと、もうちょっと周囲から引きとめられ、ならば二足の草鞋をはかせろとせがんだらしい。それが森の間伐のボランティア。
 「神奈川のあちこちの森は間伐されないから荒れている、このままじゃいけない」としみじみ語る一方で、
 「でも、きれい事ごとだけじゃおもしろかないね。大量の間伐材をもって帰って割って薪にして、売る。ひと束500円。それで私は紀伊国屋文左衛門になる」
 お宝の薪の置場に500坪の土地を確保したい。酔った勢い。そうなりゃ全国へ運ぶ帆かけ船も必要だぞ、とおっしゃる。
 夢は止められなかった。

2012.3.02 Kiyoshi Nishinomiya