2012
Nov 26
(Mon)

乾草ロール


 今一番の願い。天才エンジニアの落合氏が動かなくなったフォード・トラックを修理してくれること。
 まぁ、今年いっぱいは難しそうだ。
 二番目の願い。乾草ロールのある場所に行くこと。夏の間伸びた牧草を刈取機で丸め、冬の間の家畜の飼料に使う。その形状から乾草ロール。直径数メートル、けっこうな重量になるものなんだけれど、きれいに丸めるもんですなあ。それが数十個、牧場に転がっている風景はどことなく心が安らぎそうだ。そのご利益にあやかって、お土産に庭用に一個買ってきてもいい。重たいでしょうなあ。
 しかし、家畜がいないもんだから、どう処理しましょ。コンポストを作って庭木の堆肥か。

2012.11.26 Kiyoshi Nishinomiya

2012
Nov 24
(Sat)

100年後の日本


 昨日、NHKを見ていたら驚いた。100年後の日本の人口は4000万人台だそうじゃないの。
 現在1億2000万人台の3分の1じゃないの。どうしてこんなに減っちゃうんだろうか。
 私たちの職業観点から思うに、これまでつくった家はどんだけ空いちゃうんだろうか。
 今の形態の建設業はないにしても、社会の仕組みはどう変化しているんだろうか。衰退なのか繁栄なのか。見当もつかないが、ひとつの家庭にして、10人家族より3人家族の方があんまりお金を稼いでこないで済むように思える。
 極端な話、狭い国土に20億人が住んでいるよりも5万人しか住んでいないほうが、より豊かのような気がするんですが。

2012.11.24 Kiyoshi Nishinomiya

2012
Nov 20
(The)

そして、天才エンジニアの落合氏


 そして、天才エンジニアの落合氏に電話をした。
 「フォード・トラックが故障しました。サードにレバーが入ったまま。バックはできず、モデルハウスの塀に前面をくっつけたまま動けません。クラッチはすり減りました。なにとぞ、早急に修理を」
 電話の向こうからは、相変わらず前歯がなく、ふぁふぁと息が漏れる落合氏の言葉。
 「わかりまひた。おまかへください。なんとかひまひょう」
 時間を見つけて、出張修理に来てくれることになった。
 私のフォード・トラックは駐車場に置くとかなりのじゃまものだ。弊社スタッフの車だって出入りに苦慮する。
 あれから48時間がたったが、落合氏からはなんの音沙汰もない。

2012.11.20 Kiyoshi Nishinomiya

2012
Nov 19
(Mon)

フォード・トラックのアクシデント


 
 
 私は日ごろ1961年式のフォード・トラックに乗っている。
 昨日は東京都八王子市のクラシックカーパレードに参加した。製造から30年以上たった日本・アメリカ・ドイツ・フランス・イタリアなどの車が250台。八王子市内をパレード。今年で33回を数える。
 パレードは20キロほどのイチョウ並木を平均時速10㎞で走行。前日は入念なチェックはおこなったつもりだった。オイル漏れ、ラジエターのクーラント液、タイヤの空気圧。どこにも異状はなかった。
 50年余り前のトラックはオーバーヒートすることもなくパレードをそつなくこなした。が、帰路、茅ケ崎へ帰る途中でアクシデントが起きた。
 シフトレバーが、サードから抜けない、入りっぱなし。後進はできなくなった。発進もエンジンの回転数を上げ、どこにあるかわからないクラッチ板を長時間擦り合わせる。車内にも焦げ付く臭い、クラッチ板焼ける臭いが充満すると、ようやくそろりそろりと車体が動く。どこまでクラッチ板がもつか?
 たどりつけないと思いましたねえ。それでも帰ってこれましたねえ。車から降りた時はほっとしました。
 来年はクラッチ板を5枚ほど持っていこうかと思いましたねえ。 

2012.11.19 Kiyoshi Nishinomiya

2012
Nov 16
(Fri)

牧場地


 世の中には牧場地なる物件がある。居抜きでそのまま酪農ができるように、住まいもあれば牛舎もあればサイロもついている。清流がわき出る沢まである。馬だ牛だアヒルだを連れて行きさえすれば、その瞬間からカウボーイ、いいぞ。
 広さ1万7000坪。価格1250万円。まんざら手が届かぬ夢物語でもない。西部劇ごっこ、北の国からごっこ、なんでもございだ。
 ところが、そこは福島県双葉郡浪江町にある。
  この頃テレビで流れている車のコマーシャルのキャッチコピー。「先が見えないからこそ、面白い」
 ワインディングロードを走る車に突然広がる新しい光景。人生だってそうポジティブにとらえれば面白い。
 一方で、先が見えないからすべてのものをなげうつ。現在の所有者がやむなく売りに出さざるを得ない心境をお察しするに、ポジティプなどと言ってはおられず。私だったら恨んでも恨みきれない日々がまだまだ続く。
  

2012.11.16 Kiyoshi Nishinomiya