2012
Jul 27
(Fri)

L.L.Beanカタログ


 L.L.Beanブーツ、つまさきがゴムで甲の部分がレザーの水陸両用のブーツを7年使っていた。くるぶしまでの編み上げ、脱ぎ履きがいい加減だったせいで縫い合わせのところでパックリと口があいた。もはや水陸両用の役目はなく、それでも接着剤で仮止めして履いていた。また、口が開いた。夏には涼しい靴だよと言いきかせていたが、芝の水撒き、靴下が濡れた。新品に買い替えた。
 しばらく来なかったL.L.Beanのカタログが郵送されてきた。再びカスタマーとして見てくれたようだ。
 ところが。
 開いてみると女性モデルがまぶしい。男性モデルはいつものごとく普段着のジェームスボンド風。この程度だったら私だってお腹をちょっとへこませればいい勝負じゃないか。しかし、女性モデルが美しい。直視してハッと目があったら、なんだか照れてしまった。その一部始終を前の席に座っている女性社員に見られていた。
 「こんなに痩せて、なに食べてるんですかねぇ。痩せてるモデルがきれいだとする風潮は拒食症につながると、世界保健機構でも問題視されていたじゃありませんか。こういう食生活じゃあ長生きできませんでしょうなあ。だいいちこの暑い夏を乗り切ることさえ難しかろうに」
 そう痩せてもいないモデルさん。どちらかといえばしっかりとした骨格、張りのある肉付きの健康的なモデルさんをして、ケチをつける55歳の私。つくづく、おじさんになりましたなぁ。

2012.7.27 Kiyoshi Nishinomiya

2012
Jul 26
(Thu)

ロンドン・オリンピック


 

  気がつけばロンドン・オリンピックがまもなく始まる、いや、始まっている。開会式に先立ってサッカー女子の試合が行われている。
 エリザベス女王即位60周年記念とあいまってわきにわくロンドンの様子がテレビから伝わってくる。
 イギリスといえば、17世紀18世紀19世紀、七つの海を支配した帝国。20世紀にはビートルズが生まれた。いまだもってロールスロイスは世界一の車だし、ペッカムだってジェームスボンドだってイギリス人。イギリスはいつの時代もいさましい。
 2020年のオリンピック開催に東京は再び誘致に挑戦。日本はいつの時代もたくましい、と話題をさらってほしい。
 

2012.7.26 Kiyoshi Nishinomiya

2012
Jun 26
(The)

TOKOさんからmail


  TOKO(トコ)さんは雑誌のフリーライター。何年か前私を取材に来た。
 雑誌社から「トコさんというライターがそちらに行きますよ、よろしく」と言われ時には、思わず「としこ」という略称の女性だと期待した。実際、私、大学時代にご縁があった女性もそう呼ばれていた。会ってみればTOKOさんは昭和半ば生まれの男だった。
 そのTOKOさんからmailがきた。
 かつて、エールフランスの毛むくじゃらのごっつい男のパイロットにナンパされた話だった。僕、そっちの趣味はありません、きわめてノーマルですから、と断ったそうだが、それでもしつこい。間を置いてまたささやいてくる。ところがTOKOさんそのうちに、拒んでいる僕がいけないと錯覚しかかったそうだ。リズムだという。波のように間隔を置きささやくリズム。このリズムに日常を忘れかけたという。
 ははぁ、極意はリズムにあったわけですかい。もっと早く知っておけば取りこぼしも少なかったと、私、心当たりがあった。
 TOKOさんのMailの主題はSUP(スタンドアップパドルボード)の専門誌「SUPMAG」創刊のお知らせであった。TOKOさんが企画しマリン企画から発売する。今月末には書店に並ぶとのこと。

2012.6.26 Kiyoshi Nishinomiya

2012
Jun 25
(Mon)

マヤのカレンダー


 旧ウッドランド今やナイスの井上さんが「マヤのカレンダーは2012年で終わっているって言うじゃありませんか」と、去年の3.11の後にそう言った。井上さんとは地震発生時、弊社モデルハウスの3階で共に過ごした仲。
 私、スケジュール帳は自分で作る。見開き一ヵ月のスタイルが使いやすい。市販されているサイズでは小さく一日が書き込めない。A5サイズのMOLESKINE(モレスキン)のノートで作る。罫線をひく。月、日、曜日を書く。単純な作業だがけっこうな根気がいる。一年分を一気には作れない。
 思うんだが、マヤのカレンダーを作った人だって大変な作業だったに違いない。石の上に刻む。MOLESKINE(モレスキン)相手の比じゃない。2012年のところまできて相当疲れたんじゃないだろうか。一休みしてまた続けようと思っているうちにマヤ文明が終わったんじゃないだろうか。
 実際にカレンダーを作ってみてそう思う。

2012.6.25 Kiyoshi Nishinomiya

2012
Jun 23
(Sat)

エミチンの発芽


    マチュ・ピチュ。15世紀インカ帝国の王族や貴族の避暑地として栄えた都市である。750人分の住居施設が用意されていた。食生活のための耕作地も確保され、そこには主食のひとつエミチンの種が蒔かれていた。計画的な食糧供給体制、のはずだった。
 エミチンの発芽率は気候変化により毎年異なっていた。ある広さの耕作地さえ確保していれば食べるには困らないと計画性を重んじていた王族・貴族はその誤差に気づかなかった。明日を予測するあまり、日々エミチンをいつくしむことを忘れていた。
 明日を計画し、日々をいつくしむ。この両立がなかなか難しい。体力、気力、知力、男は腕力、女は魅力。磨いては注ぐ。そうしてエミチンの発芽を待つ。ただ待つのではつまらないない。スリリングに待つ。

2012.6.23 Kiyoshi Nishinomiya