![107821-Ray-Charles-0559-Willie-Nelson-1984-Austin-Opera-House[1]](http://www.nsnmy.co.jp/wp-content/uploads/2012/03/107821-Ray-Charles-0559-Willie-Nelson-1984-Austin-Opera-House11-500x326.jpg)
2004年6月10日。盲目というハンディを背負いながらも「ソウルの神様」と呼ばれたレイ・チャールズが肝臓がんで他界した。ウィリー・ネルソンとの交流はつとに有名。中でもレイ・チャールズの葬儀で、ウィリーが声を詰まらせながら「我が心のジョージア」を歌ったのは印象的なエピソード。
なぜ、ウィリーは歌ったのか。
死期を悟ったレイがウィリーを病室に呼んだ。
「灯りをつけてくれないか」
いつものレイらしいジョークから始まった。
「タイムマシンがあったら、どう使うね?」 レイがウィリーに尋ねた。
「そうだなあ、1万年後の世界でも見に行くか」
「おれは1946年に戻るよ。ブレーブスとホワイトソックスの最終戦だ」
「もう一度観るかい?」
「違うね。あの晩、ジョージア州中の人間はターナー・フィールド・スタジアムに集まった。16歳のおれも行っちまった。戻れるんだったら、おれは片っ端から強盗に入る。一晩で一生分の金が盗めた」
「なあ、レイ。悪いが、その目じゃ車の運転は無理だろう」
「あんたを運転手に雇うんだ。オン・ザ・ロード・アゲインを歌ってやる。そいつがギャラがわりだ。あんたよりずっとうまい」
オン・ザ・ロード・アゲインはウィリーのヒット曲。「またいつかどこかの道で」という歌だ。
「そいつは光栄だね、おつりを返さなきゃいけない」
「つりはとっといてくれ。そのかわり、」
「なんだね?」
「そのかわり、おれの葬式では、あんた、おれの歌を歌って聞かしちゃくれんか」
それがレイの遺言だった。
2012.3.04 Kiyoshi Nishinomiya





