2012
Mar 23
(Fri)
太田誠さんの外灯

太田誠さんの外灯はガソライト。
1950年頃アメリカのガソリンスタンドの給油ポンプを飾ったヘッドランプ。それを外灯に使った。白い乳白色のガラス面が大きい。
先日、太田誠・桃子夫妻は連れだってそこに貼るシールを買いにいった、とは聞いていた。
昨日気がつけば、コカコーラのシールが貼られていた。
そこだけ見れば、1950年代のロックンロール。28歳のご夫婦だがガソライトに似合うデザインをよく心得ている。よしよし。
ただいまこの現場では庭づくりの真っ最中。
そのままロックンロールしていただきたいと思う。
2012.3.23 Kiyoshi Nishinomiya
2012
Mar 22
(Thu)
1961年式のフォード・トラック
![1961FordF-100AR1[1]](http://www.nsnmy.co.jp/wp-content/uploads/2012/02/1961FordF-100AR11-500x354.jpg)
1961年式のフォード・トラック。それが私の愛車だと思っていた。ところが1964年式だった。前の持ち主が1961年式に間違いないと言っていたから疑うこともなかった。
だからナンバープレートも1961と付けて走っているが、ご愛嬌のうち。風格・乗り心地ともまるでウエスタンカントリーのウィリー・ネルソン。
1964年式のフォード・トラックが日本に何台あるか、ふと思った。検索エンジンで調べたが出てこない。旧車ファンクラブに詳しい友達に聞いてみたが、そんなクラブはないという。
このまま乗り続けれられたら、さぞかしいい自慢話になる。
ただ。
シェルビー・コブラ。まるでエルビスプレスリー。これに心傾く日のことを考えたら、今から複雑な気持ちになる。
2012.3.22 Kiyoshi Nishinomiya

設計図にドーマーか天窓。どちらかおすすめすることが多い。家に豊かな表情に加え、屋根から入る陽は格別明るい。
屋根に窓があると雨漏りに懐疑的だが、まったくその心配はなし。
弊社でも数多くの方たちが採用されてきた。
暑さ寒さも彼岸まで。このごろ日差しもすっかり春めいてきた折、一層屋根からの陽が心地よい。
2012.3.21 Kiyoshi Nishinomiya
2012
Mar 19
(Mon)
八木さんの迷い

茅ケ崎平和町に新築をする八木さんが迷っている。建築確認申請一歩手前のところで足踏みをしている。八木さんが求めた土地は準防火地域にある。この地域は外部は燃えにくい素材で覆わなければならないという建築基準法の制限がかかっている。そうでない地域もあるが、都心部でそういう地域は稀。
さて八木さん。玄関ドアの選択に迷っている。
玄関ドアは米国シンプソン社の木製ドアと定めていたが、燃えやすい素材。建築基準法になかっていない。国内ドアメーカーでとすすめてみたがお気に召すものがない。
どうしてもというのであれば、手はある。
木製ドアの外側にスチールのシャッターをつける。燃えない素材で覆う。
コスト。これが悩ましい。その代償として食器洗器をやめなれければならない。でなければカーテンを省かなければならない。でなければ照明器具なしで生活しなければならない。
「玄関ドアは家の顔よ」
八木さんは迷いに迷っている。
2012.3.19 Kiyoshi Nishinomiya
2012
Mar 17
(Sat)
「ドゥーパ!」関根編集長の野望

学研のDIY雑誌「ドゥーパ!」の関根編集長の野望がもう一息のところまできた。
小田原市早川のみかん畑跡地1200坪をまんまとただ同然で手に入れ、そこにテーマパーク「ドゥーパ!ビレッジ」を建設しようというもの。
テーマパークといえば東京ディズニーランド。運営のオリエンタルランド発祥は1960年に京成電鉄が浦安沖の埋め立て権を手に入れたとこから始まる。三井不動産に声をかけ260万坪を埋め立てた。1983年開園まで23年の歳月。
さて関根編集長、計画が持ち上がってわずか半年足らず。野望なるか。
障害は小田原市。今後の小田原市との交渉に冷や汗を流す。
「私関根は調整区域に考える工作物を順次建ててまいりたいのです」
調整区域とは原則床面積10㎡を超える工作物は建ててはいけないところ。
んー、なにかよい手はないもんだろうかと、私、連日相談を受け「頑張りなさいよ」と励ますだけだったが、この頃になって、「関根ちゃん、そりゃあ先用後利の手だよ」
「なんですか、それ?」
「富山の薬売りの商売だよ。先に使ってもらい、お代は後から頂戴する。この信頼関係だね」
「ははあ、なるほど。それで先用後利という四文字熟語なんですね」
一向に解決策にはなっていない会話。
まだまだ続く。
2012.3.17 Kiyoshi Nishinomiya