2012
Nov 21
(Web)

シロアリ被害


 築40年以上たったお宅からシロアリの駆除を依頼された。
 特に被害がひどかった個所の木部を取り替えた。畳の部屋の押し入れ付近の床・根太が食べつくされていた。新しい材料で補強した。
 次第にぶかぶかしてきたという。日を追うごとに、その場所には足を入れ荷重ををかけることは避けていたという。しまいには幅にして一畳分、またいで生活。おかげで内股の筋肉のストレッチにはたいそう効果的だったという。
 習慣とはそういうもののようだ。これを老子用語では「需要満足」という。
 さて、見事シロアリ被害をなくしたかかるお宅。押し入れからの布団の出し入れもスムースに。快適な生活動線が復活したと、大変喜んでいただけた。

2012.11.21 Kiyoshi Nishinomiya

2012
Nov 20
(The)

そして、天才エンジニアの落合氏


 そして、天才エンジニアの落合氏に電話をした。
 「フォード・トラックが故障しました。サードにレバーが入ったまま。バックはできず、モデルハウスの塀に前面をくっつけたまま動けません。クラッチはすり減りました。なにとぞ、早急に修理を」
 電話の向こうからは、相変わらず前歯がなく、ふぁふぁと息が漏れる落合氏の言葉。
 「わかりまひた。おまかへください。なんとかひまひょう」
 時間を見つけて、出張修理に来てくれることになった。
 私のフォード・トラックは駐車場に置くとかなりのじゃまものだ。弊社スタッフの車だって出入りに苦慮する。
 あれから48時間がたったが、落合氏からはなんの音沙汰もない。

2012.11.20 Kiyoshi Nishinomiya

2012
Nov 19
(Mon)

フォード・トラックのアクシデント


 
 
 私は日ごろ1961年式のフォード・トラックに乗っている。
 昨日は東京都八王子市のクラシックカーパレードに参加した。製造から30年以上たった日本・アメリカ・ドイツ・フランス・イタリアなどの車が250台。八王子市内をパレード。今年で33回を数える。
 パレードは20キロほどのイチョウ並木を平均時速10㎞で走行。前日は入念なチェックはおこなったつもりだった。オイル漏れ、ラジエターのクーラント液、タイヤの空気圧。どこにも異状はなかった。
 50年余り前のトラックはオーバーヒートすることもなくパレードをそつなくこなした。が、帰路、茅ケ崎へ帰る途中でアクシデントが起きた。
 シフトレバーが、サードから抜けない、入りっぱなし。後進はできなくなった。発進もエンジンの回転数を上げ、どこにあるかわからないクラッチ板を長時間擦り合わせる。車内にも焦げ付く臭い、クラッチ板焼ける臭いが充満すると、ようやくそろりそろりと車体が動く。どこまでクラッチ板がもつか?
 たどりつけないと思いましたねえ。それでも帰ってこれましたねえ。車から降りた時はほっとしました。
 来年はクラッチ板を5枚ほど持っていこうかと思いましたねえ。 

2012.11.19 Kiyoshi Nishinomiya

2012
Nov 16
(Fri)

牧場地


 世の中には牧場地なる物件がある。居抜きでそのまま酪農ができるように、住まいもあれば牛舎もあればサイロもついている。清流がわき出る沢まである。馬だ牛だアヒルだを連れて行きさえすれば、その瞬間からカウボーイ、いいぞ。
 広さ1万7000坪。価格1250万円。まんざら手が届かぬ夢物語でもない。西部劇ごっこ、北の国からごっこ、なんでもございだ。
 ところが、そこは福島県双葉郡浪江町にある。
  この頃テレビで流れている車のコマーシャルのキャッチコピー。「先が見えないからこそ、面白い」
 ワインディングロードを走る車に突然広がる新しい光景。人生だってそうポジティブにとらえれば面白い。
 一方で、先が見えないからすべてのものをなげうつ。現在の所有者がやむなく売りに出さざるを得ない心境をお察しするに、ポジティプなどと言ってはおられず。私だったら恨んでも恨みきれない日々がまだまだ続く。
  

2012.11.16 Kiyoshi Nishinomiya

2012
Nov 15
(Thu)

八木さんのステンドグラス


 八木さんの奥さま・憲子(のりこ)さんのお気に入りのステンドグラスが現場に届いた。さっそく埋め込んだ。八木さんのステンドグラス、バラをモチーフしたもの。憲子さんが湘南モールのインテリア雑貨屋さんからが買ってきたものだ。
 かつて私、30数年前の今頃、「クリスマスツリー型のステンドグラスランプ」を作ろうと思い立ったことがあった。制作のHOW  TO本を買ってきたが、ランプの傘の展開図を型紙におこすところを読んだだけで、挫折した。とっても難しい。緻密、根気、気力。そんなもんを必要とする作業だった。
 当時、まだ大学生だった私、キャンパスでも誉れの高い女性と中庭で初めて会話をする機会に恵まれた。その彼女が、「もうすぐ、クリスマスですねえ」と言うもんだから、私、すかさず「おれさ、クリスマスツリーづくりの達人と言われててさ」とでまかせをいったら、彼女、乗ってきて、
 「そうなの。いままでどんなツリー作ったんですか?」
 と問い正すじゃありませんか。
 困った。ひたすら話を続けるしかない。
 「そうだねえ、幼稚園の時に折り紙で作ったツリーが初めてで、小学校に入ると紙粘土で作ってさ、中学じゃあ、木工のツリーだったよ。それで、・・・」
 「それで?」と彼女。
 「それで、高校に入るといよいよ名人芸の域に入ってくるわけよ」
 盛り上がった会話を無理引っ張らざるを得ない。
 「今年は、素材はガラス。ステンドグラスのツリーなわけで」
 「へえー。ティファニーランプみたいなの?」
 「そうそう、そういうやつ。出来たら、もらってくれるかい?」
 ここまではよかった。危ない脱線をかわして、アーティスティックな期待感でつなげた。
 そして、HOW  TO本である。わずか5分の挫折。だから、彼女との仲も深まることはなかった。
 今日この時代、施主の方がステンドグラスを持ち出すと、私、決まって過去を思い出す。

2012.11.15 Kiyoshi Nishinomiya